東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2473号 判決
協和銀行
訴外有限会社荒井電気商会が被控訴人に対し控訴人主張のような預け金六十万円の返還請求権を有し、その弁済期は昭和三十二年三月十一日に到来したこと及び右債権につき控訴人主張のような債権差押及び転付命令が発せられ、該命令は同年三月七日被控訴人に送達せられたことは、いずれも当事者間に争がない。被控訴人は右債務は被控訴人が昭和三十一年十二月六日前記会社に貸付けた金二百万円の反対債権と対当額につき相殺したから消滅したと抗弁するので審査する。被控訴人が昭和三十二年三月十二日控訴人に到達した書面を以て本訴債務と被控訴人主張の反対債権とを対当額につき相殺する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争なく証拠を総合すれば、被控訴人が前記会社に対し昭和三十一年十二月六日金二百万円をその主張のとおりの約定で貸付けたことを認めることができる。そして右約定によれば同会社は被控訴人に対し昭和三十二年三月以降同年六月まで毎月五日限り一回五十万円宛の割合で右借受金を分割弁済すべく、一回でもその支払を怠つたときは同会社は期限の利益を失い残額を一時に支払わなければならないことになつているところ、控訴人は、昭和三十二年三月五日前記会社がその使用人中楯徳を被控訴銀行に派し第一回割賦金五十万円を弁済させたと主張するけれどもこの点に関する原審証人中楯徳の証言(第二回)は同証人の当審における証言と対照すれば、控訴人主張事実を証するに足りないものであることが認められ、他に右事実を認めることのできる証拠はない。控訴人は、右同日中楯徳が前記会社の使として金額三十一万五千二百七十五円の他店小切手を被控訴銀行に持参して第一回割賦金の一部弁済に充当し、同割賦金の残額は前記会社の被控訴銀行に対する定期預金五十万円中の相当額を以て弁済に充当すべき旨約定したと主張し、証拠によれば、前同日右中楯徳が控訴人主張の他店小切手一通を右第一回割賦金の一部弁済に充てるため被控訴銀行に持参し、被控訴銀行貸付係石田仁が一応これを預かつたことを認めることができるけれども、これと控訴人主張の定期預金とを以て第一回割賦金全額の弁済に充当する旨の約定のなされたことは、これを認めることのできる証拠がないから、控訴人の右主張も採用できない。控訴人はなお右割賦金につき弁済の一時の猶予を得たようにも主張するけれども、これを認めることのできる証拠はない。そして右他店小切手の提供は、金額の点及び他店小切手であるという点において、第一回割賦金五十万円についての債務の本旨に従つた弁済の提供に当らないこと明らかであるから、前掲期限に関する特約により、前記会社は昭和三十二年三月五日限り借受金二百万円全額につき当然期限の利益を喪失したものというべく、右特約によれば被控訴銀行より改めて期限の利益を喪失させるための意思表示をなすを要しない。よつて被控訴人のなした相殺における自働債権は、本件転付命令送達の時において既に弁済期が到来していたものである。控訴人は、本件預け金債権は通常の預金、貸金等とは異なり、不渡手形の所持人である控訴人がこれによる弁済を受領することを期待すべく、不渡手形の当事者でない被控訴銀行がこれにより偶然の利益を受けることを期待すべきものでないから、通常の相殺の場合と趣を異にし、自働債権、受働債権のいずれも転付当時相殺適状になければ相殺は許されないと主張するけれども、本件預け金も、これを見返りとして被控訴銀行から手形交換所に提供された保証金が不渡処分に対する異議申立の目的を達して被控訴銀行に返還された後、換言すれば本件預け金の弁済期到来後は、通常の預金と区別する理由はなくなるのであつて、被控訴銀行が転付命令送達前から弁済期に在る反対債権を有する以上、右預け金の弁済期到来を待ち対当額につきこれと相殺すべきことを期待することは通常であり、又相殺をなし得べき利益を有することは他の一般預金の場合におけると区別すべき理由がない。従つて右預け金の特殊の性質を理由として相殺の効力を争う控訴人の主張は当らない。
以上の次第であるから被控訴人の前示相殺の意思表示は有効であり、これによつて本件預け金債権は消滅したことになる。よつてその元金及び遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当である。